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PB085716クヌギ林の紅葉.JPG

                                       太郎山系の植物たち       

                                                                                                                                 筑波大学名誉教授 林 一六


 太郎山(1,164m)は上田市の北側にあり、東から西に向かって東太郎山、太郎山、虚空蔵山と一列に並んだ山系を作っています。
これらの山はいつごろ、どうやってできたのでしょう。今からおよそ1500〜1600万年前は今の日本海と太平洋はつながっていて、上田のあたりは海の底だったと考えられています。どうしてそんなことが分かるかというと、これらの山をつくっている地層に魚の鱗やイルカの化石が見つかるからです。その頃、その海の底で海底の火山が爆発して、火山灰が積もり岩石の層ができました。その層を地下のマグマが突き破って昇ってきて固まり、土地全体が隆起して今の山の形をつくりました。その火山灰の層からできた岩石を緑色凝灰岩、マグマが固まってできた岩石を安山岩、流紋岩と言います。そのため、太郎山はいろいろな岩石からできています。
気候的な特徴としては、上田市の年間の平均気温は1981年から2010年の平均で11.9℃と高いのに、平均の年雨量が891ミリメートルと少ないことがあります。このため、上田地域は全国的にも乾燥した地域と考えられています。
太郎山や虚空蔵山が東から西に一列に並んでいることによって、山全体に南向きの斜面と北向きの斜面ができました。南向き斜面は日がよく当たり明るく、乾燥しているのに対して、北向き斜面は湿っています。この環境条件は土地の性質にも影響して、南側は乾いた薄い土を作り、北側は湿った深い土をつくりました。このことによって山系全体には色
々な種類の植物が生育するようになりました。例えば、上田市からみた太郎山山系の南側斜面は
写真1のように見えます。これを見ると、大きく三つの色の違った樹木が林を作っていることがわかります。

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写真1

南側から見た太郎山山系の秋の写真。

緑色の林はアカマツ、濃い茶色はコナラ・クヌギの林、

薄い茶色はカラマツを植えた林

(2020年11月10日撮影)

緑色に写っているのはアカマツの林、濃い茶色のコナラやクヌギの林、明るい茶色のカラマツの林が主に分布しています。これはこれらの樹木が自然にそれぞれその樹木に合った場所で生育しているからです。アカマツが生えている場所を見ると細長い帯のような形をしているのがわかります。こういう場所は山の尾根と呼ばれるところで、土が薄くすぐ下に岩があるような乾燥したところです。それに比べるとやや土が深く、水が集まりやすいところにコナラやクヌギの林があります。
薄い茶色のカラマツの林は人間が樹木を植えたものです。自然の条件のもとではアカマツは土が薄く乾いたところに生育し、コナラやクヌギはそれより土が深く水が集まりやすいところに生育することを示しています。しかも、南向き斜面は乾燥のため、林の中に生えている草の仲間の植物(草本植物)は種類が比較的少ないのが特徴です。それに対して北向きの斜面にはアカマツの樹林はあまり発達しないで、主にコナラの林が広がっています。また、北向き斜面は土が深く南斜面に比べて日陰で土は湿っています。(この本の)トル太郎山裏参道はこの北斜面を通っています。そのため南側にある表参道と比べ沢山の種類の草本植物が観察できます。例えば、裏参道を登っていくと、本書
※ にあるように、アオミズ、アズマイチゲ、シロバナエンレイソウ、ヒゲネワチガイソウなど湿った場所に生える植物を観察できます。途中に水が湧き出しているところもあります。一般に、山の北斜面は南斜面より湿っているのが普通ですが、乾燥の強い地域にある太郎山の場合、この北斜面の湿りが特に強いのは不思議です。太郎山山系に連なる虚空蔵山の北向き斜面も同じように湿っていて頂上付近にも水が流れ出している場所や風穴があります。それでは太郎山山系の北向き斜面はどうして特に湿った環境になっているのでしょうか。その理由としては温度や日照時間などが考えられますが、その他に上田市民に親しまれている”逆さ霧“も原因の一つと考えられるのではないでしょうか。太郎山の逆さ霧を写真2に示しました。

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写真2

上田市太郎山の逆さ霧  

(2020年12月25日撮影)

この写真のように逆さ霧は太郎山や虚空蔵山の北斜面を登り、頂上を超えて上田市側の南斜面に降りてくる霧のことです。霧は普通、下から上に立ちのぼるのですが、この霧は頂上を越えて上田の街に向かって降りてきて途中で消えるので、逆さ霧というのだそうです。さて、霧はよく知られているように水滴の集まりです。写真に見られるような濃い霧の水滴が木々を濡らし、土を湿らせてやがて深くまで染み込んで行っていると考えられます。それが北斜面の植物たちを育み、湧水となって出てくるのでしょう。それではこの霧は1年に何回くらい出現するのでしょうか。2007年から2015年まで年間の逆さ霧の出現回数を観察した結果では、1年間に平均約27回出現したという記録があります。これは月あたりにすると一月に2回以上となり、この霧の水分が土や植物の生育への役割は大きいと思われます。これが太郎山の北斜面の植物を豊かにしているのでしょう。
太郎山山系の植物を考える時、忘れてはいけない植物があります。それは太郎山山系の虚空蔵山の南斜面の岩場にあるモイワナズナ(カブダチナズナ)という植物です。この植物は北海道の藻岩山という山で初めて発見された種類だそうですが、不思議なことに東北地方では今まで観察されず、上田周辺に突然生育が記録されているのです。こういう植物を隔離分布する植物と言います。なぜこういう不思議な分布ができたのかということは次のように説明されています。今から約1〜2
万年ほど昔は、地球は最後の氷河期にあり、日本列島は今より約8℃ほど気温が低かったと言われています。そのため、寒い地方に育つ植物、モイワナズナなども一面に生育していました。その後、地球は温暖化し、寒冷と温暖を繰り返しながら今の環境になりました。そのため、暖かい土地に合った植物たちが南から分布を広げてきてモイワナズナのような寒冷地の植物は北へ移動して行きました。ところがモイワナズナは上田周辺の岩場に生き残り、今私たちが見ることができるように
なった、ということです。

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写真3

​モイワナズナ

このように、太郎山山系は岩石や化石、植物など学校教育や社会教育の教材となるような貴重な材料が詰まっている場所です。上田市民としてはこの自然を大切に守り、ジオパークとして保護して行きたいものです。

                                                2021年1月22日

※本書とは、2021年に50周年記念事業として上田ケーブルビジョンが発行した『太郎山の植物手帖』のこと。

 (本文は、この冊子の巻頭に掲載されているもの)

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